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旧龍昌禅寺の鐘   2009年12月

JR植田駅西側丘陵に植田氏の領した山城植田城があったという。天正十八年(一五九〇)、秀吉の北条の小田原城を攻めに参戦し、安堵を得て凱旋する途中に病死した岩城の城主岩城常隆の跡目に、常陸の佐竹義重の三男が岩城家の養子(二十五代貞隆)に入った。後、佐竹家から後見としてつけられたのが植田城主梶原美濃守政景(?~一六一五)であった。それまでの城主だった植田氏は下山田村に移り、下山田を姓とし、名を大膳と称し...
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