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磐城三十三所観音霊場 関田観音   2006年3月

みちのくの なこそ関田の 観清寺 岸うつ波は 松風の音 本尊は十一面歓世音。延宝7年(1679)の寺伝によると、真言宗智山派間松山宝寿院松山寺は大同2年(807)東大寺、興福寺の学僧であった徳一大師がこの地に参ったとき、自ら彫った十一面観音像を安置し、開山したのが6月18日であったと伝えられている。中世には廃寺同様になったときもあったらしいが、戦国時代初期の文明年間に宥静僧正が着手、四世宥長の代に領主窪田山城守道通の帰依もあって中興がかなったという。巡礼歌にある関田の観清寺は頼朝より仏領地の朱印を、また慶安元年(1648)に将軍家光よりも二十五石の朱印を賜わっていた。勿来関を守護する関田観音を祀る堂殿は壮麗、彫刻は巧妙で美しい寺であったというが焼失。今は、松山寺南方の勿来二中裏山に寺跡だけが遺っている。堂が完成した元禄6年(1693)、本寺の松山寺境内に移ったが昭和初期半ばに老朽化で解堂。平成17年(2005)秋に、念願の観音堂の再建落慶をみた。

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