fc2ブログ

Entries

遠い!仙台への道 2008年8月号

遠い!仙台への道(双葉郡広野町浅見川・二ツ沼・林蔵寺)

 七月二十三日、連勝を続ける西軍は、久之浜、亀ヶ崎を落とし相馬領の咽喉となる広野・木戸へ進もうとするが、浅見川を渡河させまいとする東軍の頑強な抵抗に出遭った。浅見川、二ツ沼の戦いは熾烈を極めた。二十六日の二ツ沼では高台に築いた砲台の争奪戦が展開され、十三日の平城で上阪総長と共に奮戦し、落城と決まるや、城と共に討ち死にせんとする磐城平藩家老職上坂助太夫総長に、「東北は広い、必ず奪還の機会はあろう。ここは残念だが退却しよう。」と、一時撤退を決心させた相馬藩隊長相馬将監が銃弾に倒れ後送された。中村藩と海岸の守備についていた平藩のいったいは海陸双方から壊滅的な砲撃をうけて富岡方面に後退、態勢を立て直さんとしているときに相馬隊長の負傷を知り、平城では数百人が助けられた恩人の将監のもとへ、上坂総長は参政職漆原市郎左衛門と指揮を交代して駆けつけたが、その甲斐はなかった。中村城を目前とした浪江近辺になると、友軍の不可解な行動を感じ始めた。上坂は一瞬に一週間前の事がよぎった。興仁寺(浪江町)の仮の平藩館に、仙台藩軍事係前島省吾が安藤鶴翁(信正)を訪ね、我が藩主が仙台へ転宿せられよと強く勧めているというのである。鶴翁は今、仙台への途上にあった。上坂は、鶴翁の一刻も早い駆け込みを願ったに違いない。幸いに、翁が無事仙台藩士石川大和の邸に入ったが、平藩士たちの仙台への道はより遠くなったのである。林蔵寺には、仙台藩士供養碑がある。

2008-8.jpg
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://ihojin.blog99.fc2.com/tb.php/35-37c9e509

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する