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旧平藩戊辰戦追悼の地 2008年12月

旧平藩戊辰戦追悼の地  (平・古鍛冶町・良善寺)

 平成二十年(二〇〇八)は戊辰戦争後百四十年の節目であった。磐城平藩主の墓域のある良善寺の安藤家墓地裏に、戊辰戦争で戦没した兵士たちの墓地がある。明治二十三年(一八九〇)八月、第十二代信勇の養子、第十三代当主の安藤信守によって建てられた時は三十九柱であったという。現在は、藩士十五の他に、農兵、人足、銃を操作ができる猟師らの四十一柱が眠っている。これらから、この戦争は藩士と住民が一体となって西軍に抵抗したことが知れるだろう。大正六年(一九一七)、殉難者五十年祭をした当時の平町長で旧藩士会平安会長でもあった青沼鋒太郎は、「旧平藩
戊辰殉難者追憶」の跋に五十有余名の殉難者と言うから、各々の菩提寺に葬られたままに墓石だけ建てたのもあろうし、改葬したのもある。また、五十年後のことでもあるので磐城を離れたのもあろうし、連絡不十分のもあっただろう。現在の四十一柱の中には、戦争中に父母妹が行方不明になり、天田愚庵が生涯にわたって探し続けた、父平遊の墓石も、「為戊辰戦死者追悼改葬浄地」の石碑の近くにある。安藤家初代からの墓所は平成元年(一九八九)十二月に東京都下高井戸の栖岸院から、いわき市平古鍛冶町の良善寺に移転改葬され、翌平成二年の春彼岸に遷座開眼供養がなされ、安藤家第十代の鶴翁(安藤信正・謙徳院殿秀誉松厳鶴翁大居士)は旧磐城平城の一角に共に戦った戦士達と一緒に眠っている。

2008-12
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