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小姓騒動  2010年6月号

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 磐城平藩内藤家に「小姓騒動」といわれる騒動があった。三大城主内藤善概(1619~1685)は義泰、俳号は風虎とも称した奥州俳諧の祖ともされる文人でもあった。延宝8年(1680)2月2日、家老の松賀族之助と上田内記宛に5名(井家九八朗21歳、山口岡之助19歳、大胡勝之進19歳、篠崎友之助18歳、山本金之丞17歳)の小姓の連名で退職願が提出された。家中に山井八右衛門という小姓頭がいたが、その小姓頭の配下では奉公できないからお暇を頂戴したと言うのである。調べると、去年の冬のロウソクの芯切りは江戸城では坊主共が切るので、坊主共にきらせよと山井小姓頭が小姓に命じた。小姓が坊主に芯切りをさせたところ、秒主は賃金が安いから小姓代わりに召し抱えようか。今の小姓は腰抜けだ・・とか罵詈雑言を浴びせる。山井小姓頭に命じられたことは理不尽であろうが逆らわず行ってきたが、もうこれ以上は我慢できないからお暇を願い出たというものであった。それからふた月が経ったが、仲裁もあって和解もしたのに小姓頭にはお咎めなし、事態は益々悪化していたところに、同僚の篠崎が松賀に故無く身柄を拘束された。キレタ5人の中の大胡、山口、山本の三人は4月24日の夜半、小姓頭山井八右衛門を襲い夫妻を斬殺して白河へ。残る井家は松賀宅に忍び込み篠崎を奪還し、二人は江戸へ向かった。5人は江戸で合流する約束であった。逃亡中の3人は翌25日に合戸で、井家と篠崎も植田で捕まり、8月25日に5人は切腹となった。小姓地蔵は逮捕された合戸のその地点に建つ。
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